宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)

宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)

宿命
P36:金浦空港偽装着陸:日本航空運航基準部は事件発生と同時に米軍に解決を依頼した。
P136:北朝鮮ではお茶の替わりに「ベトナムコーヒー」
福井タカ子、金子恵美子、黒田佐喜子、森順子、水谷協子、魚本民子、
「結婚作戦」:婚約者福井タカ子のまさかの出現に動揺した「日本人革命村」の団結を維持するため、「よど号」メンバーの総意で労働党に要求し、金正日の指揮下に手配・実施された。
P165:花嫁候補は1977年の初めに一斉にパスポートを取得し、ほぼ同時期に日本を出国した。このとき既に挙式の日取りは決定していた。
「日本人革命村」の生活はまさに<宮廷>のものだった。
P192:北朝鮮ではミカンの表皮は乾燥させ煎じて薬用にする。
ウィーンは北朝鮮の重要工作地点である。
マドリッド作戦」
「人定了解活動」
P228:「領導芸術」
P264:キム・ユーチェル=ウツノミヤ・オサム:朝鮮労働党対外連絡部、「よど号」グループ担当指導工作員
P267:「日本人獲得工作」のローマ担当、小西隆裕はアルバイト先のレストランで皿洗いの傍ら、残飯を食べ過ぎて太りすぎてしまう。このためローマから「拉致」誘拐された人はいない。
P276:1967年1月のコペンハーゲン、闇に「半値」のタバコが出回る。外交官用免税店では個人使用に限り市価の「8分の一」で販売していた。摘発された北朝鮮大使館員が密売業者に売り渡したタバコ総数は、22万5000個で、大使館ぐるみの犯罪。タバコ以外に免税店からの大量転売で総額100万ドル。大麻とヘロインの密売は大使館員の外交行嚢(のう)を利用してのもの。
この時期、欧州各国から強い監視下で身動きがてれず、工作任務に支障をきたしていた北朝鮮工作エージェントを肩代わりする任務が日本人である「よど号」グループに課せられた。
P314:「よど号」の活動にウィーンを中心にした(1970年代末からの)「反核」運動への工作(宣伝扇動戦)がある。「日本人獲得工作=誘拐・拉致」や「経済活動=免税品転売、麻薬密輸等」の非公然非合法の地下活動と比べて彼らにしても活動任務の意気が揚った。1978年発行『おーJAPAN』創刊4周年記念号の「宣言」の草稿は田宮高麿による。
P342:北朝鮮では活動以外の個人的な行動を規律違反として”自由主義”と呼び、相手を陥れる常套手段。自分の意見を持つことは「集団主義」の中では”反革命”と同じ。
P349:「よど号」メンバーであることは、金日成の信任を直接に受けた特別な人間を意味している。彼等を管轄する労働党内「よど号」特別課の権力も絶大だった。
”失敗は自分の責任、成功は首領のおかげ”
P358:北朝鮮では国際結婚は非公認。
P396:カルト集団には集団独自の発想や言葉遣いがある。日本の対朝鮮外交がいつも奇妙に話が複雑になるのも、相手の用語法や発想法に無知であるからである。
P441:他の工作員には帰国命令があった最中に八尾恵にだけは帰国の指示が無い。彼女の役割は緊急時のスケープゴート北の家族への送金も偽装。
P459:旅券返納命令での工作員とは「よど号」の妻たちの方であった。
P463:領導芸術はどう誉められたら負け、政治的に利用価値がない相手に主体思想の領導芸術家は誉めたり共感を示さない。
「愛族同盟」
P480:北朝鮮シェイクスピア全集の翻訳には「ハムレット」が無い。
山村新治郎
吉田金太郎
P496:1979年「よど号」グループは欧州各地での活動のアリバイ工作の為に「一斉」に実家に手紙を送っているが、このとき吉田金太郎の手紙だけは届いていない。1980年代に入って新聞・週刊誌に「よど号」メンバーの欧州各地で目撃の情報が多く載せられたが、公安当局は家族に届けられた手紙の方を信じてしまった。
1866年8月15日〜9月2日、シャーマン号事件
「不治の病=非転向」