日中戦争下の日本 (講談社選書メチエ)

日中戦争下の日本 (講談社選書メチエ)

日中戦争下の日本
P60:パール・バック「この小説(火野葦平『麦と兵隊』)には何等の宣伝もない。勿体振ったところも無い。・・・如何にも穏かに真面目に、簡潔に書かれている。こういう作品が日本人の手によって書かれようと何人が想像し得ただろうか・・・・(『大地』で描いた中国が日本に侵略され)悲しみに駆られ読了するに耐えなかった。(しかし)自分はこの小説の著者たる日本人が善良なる青年であること、そしてその作品が偉大なものであることを否定することは出来ない」
P109:誰もが戦争に協力した。戦争で大きな犠牲を払わされた筈の労働者、農民こそが最も強く戦争を支持した。労働者は資本家、農民は地主に対して、そして国民は国家に対して、自己主張を強めていく。労働者や農民、国民は自己の主張の実現を政党に託す。政党は戦争によって、その重要性を高めてゆく。
「挙国一致」の大義名分は、出征兵士を休職扱いとして除隊後の職場復帰や、出征者家族の生活保障を労働者が要求することを可能にする。
全日本労働総同盟は、ワーク・シェアの考え方導入し、「平和産業」の失業労働者を「軍事産業」に対して強制的に雇用を割り当てることを政府に求めている。また、軍事産業関係者には「時局産業特別税」を新たに徴収し、あるいは公債の強制的割り当て、強制貯金令の実施などによって、所得の平準化をめざした。
このように労働組合が産業別の格差の是正、所得の平準化と労働者の全般的な地位向上を要求できるようになったのは、「挙国一致」のスローガンがあったからである。
P114:全国農民組合:階級闘争から協調路線に路線転換
総力戦体制下、都市対農村、労働者対農民の構図において、戦争に協力したのは農村の農民だった。農民の自発的な食糧増産に報いるかのように、政府は矢継ぎ早に農業対策の立法措置を講じている。
1939年「小作料統制令」、「生産報奨金」、自作農維持創設事業の拡張で小作農民の農地購入が容易になる。
社会大衆党」の「公益優先」は労働者を資本家の制御から国家へと奪い返すこと。社会大衆党日中戦争を通して戦前の階級政党から国民政党へと転換した。
斎藤隆夫「反軍演説」は日中戦争に是非ではなく、「この戦争は何なのか?」だった。
P129:日本は日中戦争を主としてアメリカに依存しながら戦っていた。対米輸出で得た外貨で、アメリカから軍事物資を輸入する。この現実を直視すれば、「対米英依存」の<国際協調>路線こそが需要であった。
斎藤隆夫「反軍演説」問題を契機に、「自由主義」+「国際協調」から「全体主義」+「地域主義」へと向かう。この推進力となったのが、斎藤の除名に賛成した社会大衆党であり、政友会革新派だった。
P132:近衛文麿は、一国一党制のような「ファシズム」体制を、明治憲法に違反する恐れがあると考えていた。
矢部貞治
P146:1939年2月6日付け陸軍次官通牒「シナ事変地より帰還する軍隊及び軍人の言動指導取締に関する件」の「不穏当なる言辞」の事例「戦争に参加した軍人を一々調べたら皆殺人、強盗、強姦の犯人許りだろう」
今井武夫
P152:政府にとって汪兆銘政権は、蒋介石との和平の捨石
P159:1942年4月翼賛選挙で、僅か1人の朝鮮人議員は政府推薦を得ながら、落選している。
P160:京都学派の宮崎?「今の右翼の思想は本質的に支那思想、支那の歴史にあれと同じ派があった。日本の真の神道は万葉精神であって、大義名分、皇道は支那より伝来せるもの」
日本主義者らは蓑田胸喜が率いる原理日本社を拠点として、帝国大学粛清運動を展開し、滝川幸辰、美濃部達吉津田左右吉らにまとわりついた。
P164:蓑田胸喜たちの日本主義が国内の思想状況を覆うことができたのは、議会、軍部、内務官僚、文部省に支持者がいたればこそ。日本は、「神」を出せば、「それ以上の議論は必要とされない超論理的な」国になっていた。
P166:「八紘一宇」は誰もが賛成した。しかし誰もその内容を説明することができなかった。誰もが何もわからない「八紘一宇」が日本の新しい体制原理となった。
(モラルの焦土ー都市と農村)
P169:農民の不満「産業戦士(工場労働者)には特配あるも百姓は保有米を削られる」、「都会の有閑連中の食料も百姓が出さねばならぬ」ー戦争にもっとも協力的だった農民は、戦況悪化につれて、都市への恨みを強く抱くようになる。
「闇」の「軍関係利用」が増加し、統制事務担当の官公吏や統制団体役員、町内会長、隣組会長など統制経済の指導的立場にある者の「事犯が頻発」した。これが、昭和17年度の特徴だった
神の国」日本は、本格的な空襲を受ける前に、既に「モラルの焦土」と化していた。
P178:「今の日本は共産主義紙一重じゃ」1943年1月、山田誠也(山田風太郎
「軍は工員に信頼されているが、政府と官吏に対しては、漏れなく憎しみを抱いている」
P195:戦時中に起きていた社会の地殻変動は、占領を経て、日本に革命をもたらした。既に地主に対し相対的な地位の向上を得ていた農民は、戦後の農地改革によって「持たざる者」から「持てる者」へとなり、土地所有権という既得権を守るために保守政党の支持者となる。労働改革で大企業労働者は「労働貴族」と称されるようになり、参政権を得た女性の社会進出が逆行することは無かった。戦前の家父長制、家族制度は、あっけなく崩壊した。