安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

安全神話崩壊のパラドックス 河合幹雄
P1:分かりきった答えを、多くの労力をかけて証明するのは、研究者にとってもなかなか気乗りのしないことである。・・・本格的に根拠を示せば大部となり読んでもらえないし、結論だけ簡潔に述べれば信じてもらえない・・・
P42:「前さばき」を一斉に止める:1999年10月桶川ストーカー殺人事件等への対応として、被害届けを原則全て受理する方向となり・・・2000年から統計の取り方に変化があった。
P46:図17−主要7罪種(殺人、強盗、強姦、障害、暴行、脅迫、恐喝)の人口10万人当たりのピークは1958〜9年の200件弱、以後減少して1991〜1995年を底に、1997年から増加に転じずる。
P49:親子心中、えい児殺しが減少し、親殺しが増える。−高齢となった介護する側の子が病気などを患い、親を介護するものがいないと悲観して親を殺害する例が増える。
P67:凶器使用率が低下:傷害罪は、1996年以前と比較して、2001年は凶器使用率が半減、凶器使用の事件件数のほうも半減。
P71:広義凶悪事件の増加は、殺人は横ばい、強盗がここ5年急増したが、強盗事件の内容を検討すると、凶悪化のイメージとは程遠く、荒っぽい引ったくりや大人数でのカツアゲが強盗に組み入れられ、強盗認知件数が大幅に増加した。・・・ここ5年の強盗の増加があったとしても、凶悪犯率は80年代の水準にすぎず、安全神話が信じられて犯罪が減少し続けていた時代程度の治安状態である。
P74:犯罪の幼稚化:・・・犯罪者集団にとっても「仕事」の仕方を教え、遵守すべき「掟」を教える必要があることは同じである。・・・鍛え上げられたストイックな犯罪者を生み出すメカニズムこそ、一般社会以上にダメージを受けており、崩壊過程にある。
P83:文書偽造・有価証券偽造の検挙率は低下している。偽造する側の能力が向上している。・・・死亡事故に限れば、検挙率は全く下落していない。
P87:人手不足で「余罪」の捜査にまで手が回らない。・・・これは裏返せば、犯人は逮捕していること意味する。
P93:受刑者数は1992年が人口比で最小。
検挙人員は増えていないが、警察から検察への送検率が増加、犯罪者側ではなく、厳罰化傾向が原因で新受刑者が増加している。
P98:刑務官の厳罰志向性が最も低いのは、万国共通。検察官>警察官>刑務官
P100:在日○○人の検挙人員はここ20年で半減している。
P101:白書には、正しい犯罪状況が的確に描かれていない。
P102:検察と裁判所が犯罪が増加に転じる以前に、量刑増加に転じて刑務所人口を増加させた。・・・検察官は紛れもなくこの分野の専門家であるにも拘らず、実は犯罪情勢の悪化を戦後のどんな時期にも信じてきた、奇妙な「伝統」がある。
P103:新聞紙上で記者は厳罰化の主張することは全くない。「見出し」と違い、厳罰を求める記事は全て、被害者か投書者の言葉を借りている。
P110:「撫民」:中世日本において盗みは死刑とする村落が存在したが、幕府は寛大な処置をしようとした。
P113:飛行機事故は交通関係業過ではない。例:1985年の日航機墜落500名の死亡。
P117:2002年現在は、戦後でも最も安全な時代。
P122:・・・調査対象期間中に、殺人事件で被害者が性的暴行を受けていた数は、年平均3名、強盗致死は5名。殺人動機が性的目的によるものは年平均2名と極めて少ない。
P128:犯罪を既遂させるには、能力が必要である。どこかで、その技術を「学習」しなければならず、そのためのリクルートシステムと教育課程が必要である。
P130:沖縄出身者、アイヌ被差別部落出身者といったカテゴリーについての犯罪統計はない。・・・在日の犯罪は軽微なものでも国外退去のリスクがあるためか、むしろ少ない。
P138:歴史上の多くの酷い虐殺事件は、治安維持や防衛を目的に行われた。
P140:欧州においても、近代以前に個人は存在せず、非欧米域では、未だ存在せず。
P142:”内心には立ち入らず”
P143:異質大社会と同質小社会
P145:”その中で自由に移動できなければ、小規模社会と同じである。”
P147:結果を予測できた以上、責任がある。・・・”普遍性の要求を、個別性を無視した杓子定規の法適用と勘違いしてはいけない”・・・日本社会の伝統的な秩序観としては、プライバシーのない(互いがよく知っている)社会が前提されている。
P148:・・・日本社会は、全体の規模は大きいが、移動の自由が限定されており、小規模社会に近い。また、全体はともかく、小集団内は確かに概ね同質社会らしい。また、構成員が互いにプライベートな部分まで知り合っていることが前提とされている社会でもある。そのため、日本社会では、典型的な同質小社会モデルに近い紛争解決方法をとるといえそうである。・・・
P149:仏語「モラール」の語源は「戦意」、外的に対して勇敢に戦う者こそ最も良き隣人。・・・住民同士は同盟関係にあり、それを裏切った犯罪者などという人々を、共同体内で生かしておくこと自体ありえない。この状況を崩したのは、近代化による「大都市」の出現。・・・大都市においてこそ、治安を専門とする警察が必要となった。
P153:原罪はラテラノ公会議で、年一回の告解が義務づけられたことに発する。
P154:告解システムの許しは、被害者、共同体に赦されるのではなく、個人的な贖罪。
P157:古語に「刑罰」はなく、原始の日本法では「つみとはらえ」
P159:・・・一般的な日本人は、犯罪は別世界の出来事と感じて、防犯意識が薄く、事件があれば厳罰を求める。しかし、犯罪に係る統治する側に属する人々は、寛大な処置を伝統としており、刑罰は軽い。
P164:・・・加害者は被害者に謝罪せず、刑事や検事に謝罪している。・・・社会的権威に服することの表明である。
P169:小集団内が同質であっても、集団間は異質でよい。
P172:・・・検察は、刑事裁判官をコントロールする手段を持っていない。むしろ、起訴猶予により赦してしまえる部分こそ、本当に検察の実力が発揮できる。
P172:出所者の40数%は、5年以内に刑務所に再入している。・・・実刑入所者は人口1億2000万人として4000人に一人の難関。
P174:・・工業に携わる人々は、中世からの伝統として、一般住民つまり農民とは付き合いがなく、別世界の住民である。・・・歴史的には、海上運送、港湾荷役、鉄道建設、鉱山労働が、刑務所の代わりに使われていた。
P177:ヤクザ構成員には、被差別部落、在日、沖縄出身者が高い比率で含まれている。・・・隔離された世界の重要な特徴は、彼らの中に連帯がない。不熟練労働市場で在日と被差別部落民は共に働きながら差別しあった。同和対策事業により造られた住宅から在日は締め出された。全国水平社運動に対して、右翼・ヤクザのスト破り。「内輪もめ」させるのは支配者側の常套手段。
P184:・・・一般人が権利主張しなくとも権利が守られているのは、ヤクザのおかげ。・・・「怖い兄さん」の存在があればこそ公共の道徳が守られた。
P186:「中世の夜には昼とは違うルールが存在」
P187:・・・差別が大幅に解消し、地域や時間帯を使った境界も緩むことによって、総数としては増加しなくとも、至る所、いつでも、薄く広く危険がある、安心できない状況が生まれた。・・・
P188:「親分乾分集団」岩井弘融、「日本ヤクザの逸脱的行為や集団の掟は、全て日本のシステムの内部にある。」ラズ
P192:”欧米のほうが被疑者や被告人の人権が守られている事実がない”−日本の研究者は、海外の専門書を解読することには成果を挙げ、それを日本の制度作りに生かして来たが、実態の研究はほとんど紹介されているとは思えない。
P199:欧米の人権活動家は、身近な問題というより、世界で最も不幸な人々を対象にしようという傾向がある。
光田健輔「無らい県運動」
P193:アントワーヌ・ガラポン『司法が活躍する民主主義−司法介入の急増とフランス国家のゆくえ』
P211:日本においては、関係者を含めた広義の当事者が納得すれば、その解決が、他の事件解決と整合性があるかどうかは問われない。事件ごとに解決されて、それは公表されない。公開性がないからこそ、矛盾(=公平性)をなくす努力は不要となるわけである。
P198:常に夫の暴力に晒されていた妻が寝ている夫を殺した場合には正当防衛は成立しない。ー”夫の暴力に対しても、妻は拳銃で武装せよというのが、現在の正当防衛の仕組みの要請である。”
P208:「合理的ということは、世界に普遍的にあてはまることである。」
P216:西欧化と近代化は、議論のなかでしばしば混同されてきた。・・・刑事司法においては、むしろ失敗例でさえある欧米のモデルを追うことは考えられない。
P218:”「全人格的関係人間関係」と呼べるものは、一対一の関係を基礎として考えている。本当の対話は一対一でしかできない。”
P219:・・・近代化によって、ドライな人間関係が生まれたのは必然の結果であるが、それによって、人間関係全般が希薄化することは必然ではない。その意味で、人間関係の希薄化を近代化の定義に入れることは誤りであると考える。・・・
P220:英米の取調べは30分で終わる。:証拠収集に、囮操作、通信傍受、情報屋の利用、免責と引き換えの証言等、捜査機関に強力な手段が認められており、そこで得られた物証がものを言う仕組みであり、取調べで長々と話を聴く必要がない。
P221:一匹狼は集団内で自由に振舞うことが例外的に赦される様に、周りとの関係を調整する能力が高いのが実情だろう。周囲に任されることなくして活躍できることなど有り得ない。
P223:保護司は後継者不足、世代間継承が生じている。横ではなく、縦の繋がりが薄くなっている。
PP226:・・・相互によく知り合った者達の間柄こそ「世間」であり、その「世間」に「まずいこと」を知られまいとすることが「恥」の意識である。・・・
P227:犯罪者の更正メカニズムが弱っているという話は、「特別予防」のことである。
P227:ATMを重機で盗む:同一機種の重機の鍵はしばしば「共通」であった。
P228:日本の特徴は、盗品売買市場が、ほぼ存在しなかった。・・・動産として最も大切であったコメは、収穫前、田に無防備においておくよりない。これが無防備の原点と予想する。対策は、夜と昼の境界を明確に定め、夜の稲刈り、イネの運搬は死罪とした。・・・多種多様な農産物盗難の事件報道が目立ってきたのは、流通の自由化に伴い、盗品の売買が可能になったからである。
P231:質屋が警察管轄なのは盗品売買阻止のため以外には考えられない。
P241:阪神淡路震災のさいに、信号が消え交通が麻痺したが、付近の人々が信号役をすれば済んだ筈である。・・・日本人は組織の一員としては真面目で勤勉としても、一市民として自ら行動しようという意識は極めて希薄である。・・・
P242:自分の家の防犯だけを民間防犯会社に頼るのは、個人主義というより、単なる利己主義に近い。
Nシステム
P252:・・・文化の権利主体は存在しない。したがって、具体的に誰かによって代表されている国家とは異なり、暴走の危険は少ない。
P253:次の世代に継承する義務無しに、個人は成立しない。・・・誰かから誰かであり、1対1でよい。擬似家族集団が存在する必然性はない・・・
P255:戦前には在日朝鮮人参政権があった。しかもハングルでの投票が許されていた。
P257:全体の最大化は、個々の公正な配分の最大化を最終的に目指している。・・・個人利益の増大のためには全体のパイの増大しかない。・・・自己利益を追求してもよいが、分け前を沢山頂けるのは、あくまで社会貢献度が大きいからである。
P266:”人は、自分の穴倉で安心するのであって、真っ直ぐの通りで安心するのではない”
P269:相対的関係から選別されているのがエリートである。
P271:年齢に幅がある少年集団の欠如ほど大きな問題はない。
P274:近代的個人像は、どの社会においてもフィクションに過ぎない。
P278:通りを誰も歩かなければ引ったくりは消滅する。
P280:所一彦の抗争処理モデル「犯罪が我々にとって問題なのは、単にそれが、それ自体として望ましからぬものであり、従って防止されるべきものだからではない。−我々の前には、犯罪から守られたい欲求があるとともに、処罰されたくない欲求があり、そればかりでなく被害者の怨嗟の声があり、しかもそれらは、何を犯罪とすべきかが必ずしも分明ではなく、流動的でさえあるなかでひしめいているのである。だとすれば犯罪が我々にとって問題なのは、いまひとつ、より根本的に、人々のあいだにそのような衝突があり、そのために人々が傷つけ合う事態としてなのだ−そうした人々の抗争こそがまずもって問題であり、従って、その適切な処理こそが我々の第一の課題だ−」
P281:ペシミシズムを醸し出したい者が、そのネタに治安問題を使っている。→内外賃金格差の縮小(賃下げ)に、ペシミシズムが必要とされている(?)。