心理学で何がわかるか (ちくま新書)

心理学で何がわかるか (ちくま新書)

心理学で何がわかるか 村上宣寛
P15:精神分析は過去の学問で心理学ではありません。
P21:相対性理論は哲学者にとって古典的自然概念を覆すものであったので、ベルグソンは『持続と同時性』で反駁を試みる。
・・・哲学には数学や論理学のような推論の道具も無い。また、個々の事実を検証することもできない。哲学の知恵は不確かな事実確認に基づく幻想に過ぎない。
P28:エビデンス性が低い=根拠が弱い
実験群と統制群、ランダム割り当て
P31:エビデンス・ベイスド・メディシン(EBM−根拠に基づく医療):1972年、アーチ・コクランが提案、1996年、カナダのデビッドサケットが定義づけしてから、爆発的に広がる。→ランダムか比較試験、メタ分析、レベル1〜4
P33:EBMでは単なる症例研究や、専門化の意見は、エビデンス性では最下位に位置づけられている。一人の医師の経験の範囲は限定的であり、科学的根拠としては不十分だからである。
P36:日本の教育学関係の論文のエビデンス性も低い。実験群と統制群の二群比較を行った研究は例外的、ランダム割り当てを行った研究は殆ど無いし、まして、盲検的手続きを組み込んだ研究は存在しないだろう。教育の科学的な研究が蓄積していない結果、教育行政の揺らぎも大きい。
P39:「ホーソン効果」はエビデンスレベルは4以下
P39:実は、特定個人、特定集団のみを対象とする場合は、統計は不要である。その代わり、結果を他の個人や他の集団に一般化することはできない。その一般化のために、統計が必要なのである。
P40:統計パッケージの普及で統計に通じていない研究者の誤用が目立つ。
P42:需要なのはサンプル数ではなく、サンプリング法である。・・・ランダム、多段抽出法→母集団のミニチュア版を作る。
P45:「アイスクリームの売り上げと子供の水死」には「気温」という変数が影響を与えている見かけ上の相関。
P46:「共分散構造分析」→モデル構成に注意を払えば、ある程度、因果関係も解明できるようだ。
P46:人間は研究対象にされただけで、行動パターンが変わってしまう。
P52:発達心理学→この「発達」とは人が生まれて死ぬまでの変化が全て発達である。つまり、老化して痴呆化してしまうのも発達。
横断的方法、縦断的方法、コーホート研究
P55:発達心理学の最大の争点は、遺伝か環境かの問題だった。
P56:「家系研究」は、遺伝と環境の影響力を分離できないという致命的欠陥があった。音楽家の家系に生まれたら幼少期から天才的な教育を受けてしまう。家系研究は全て姿を消した。
「家族研究」直接的に家族の能力を測定できるので、有効。
「双生児研究」昔は相関関数による単純な比較であったが、最近は、共分散構造モデルによる解析が主流である。
P60:ブーシャールによれば、双生児研究、養子研究、家族の縦断的研究を振り返り、全ての研究が成長するにつれて共有環境の影響力が減少し、遺伝の影響力が増大していた。成人では共有環境の影響力はゼロとなる。・・・ただ、遺伝の影響力とは、集団内での得点の分散を意味する。・・・特定個人の内部の遺伝子の強度を意味するものではない。
P64:遺伝率−
統合失調症=0.8、遺伝率が非常に大きい。共有環境の影響力はゼロで、性差も無い。
気分障害=0.37、遺伝の影響力は中程度。性差は不明。
パニック障害=0.3〜0.4、
アルコール中毒=0.5〜0.6、遺伝の影響力が大きい。治療困難の原因か?
反社会的行動は児童で0.46、青年で0.43、成人で0.41、以前は加齢で遺伝の影響力が増すと考えられていたが、事実は違った。
社会的態度では、20歳以下では0、20歳以上は0.45〜0.65とかなり上昇する。右翼的権威主義は成人で0.50〜0.64やはり遺伝の影響力が強い。他方、信心深さは16歳で0.11〜0.22と小さく、成人で0.3〜0.45と中程度となる。
P65:行動遺伝学の成果はかなり一貫化している。影響力は年齢に比例して増加してしまう。・・・年をとると、ますます、親に似てしまう。
P67:出生順位「合流モデル」、「希釈モデル」
P68:(図2.2)被験者はノルウェーの徴収兵25000名のGA(一般能力)検査では、出生順位と知能には、明確な関係があった。第一子が最も知能が高く、兄弟の数が増えるに従い得点は減少している。IQ得点は、母親の教育水準が高く、兄弟の数が少なく、出生間隔が長く、収入が多いほど、高い。若い男性では出生順位とIQとに負の関係がある。→この背後に「社会経済的地位」という第3の変数があった。社会経済的地位を統制すると、出生順位とIQの関係が消失する。・・・出生順位とIQの関連性は幻であろう。
P74:「長子的性格と次子的性格」:出生順位が性格に与える影響力は1%に満たないので、この関係が明確に証明されることは無い。
P76:「親の養育態度は子供に影響するか」1953年、ホワイティングとチャイルドは75の未開民族の養育態度と口唇愛的、肛門愛的、性的、依存的、攻撃的行動の関係を調査した。・・・排泄訓練については民族の間で違いが著しい。
P76:「子育て神話」:行動遺伝学の研究によれば、共有環境(家庭環境)の影響力はたかだか10%程度、その中で子育て占める割合は数%であろう。極端な育児態度(虐待、遺棄等)がなければ母親の育児態度が子供の性格に大きな影響を与えるとは思えない。
P77:ポールッセン−ホーヘボーンらの子供の否定的な情動(怒り、恐れ、苛苛、仲たがい、不快感)と育児(支持的育児態度=優しく見守る、制限的育児態度=叱ったり、処罰する、誘導的な育児態度=罪に繋がるとか間接的に感じさせる)の関係について、総計7613対の親子の62の研究をメタ分析した。
・・・基本的に育児の効果は小さかった。ただ、社会経済的地位が低いと、子供は否定的な情動状態になり、親も子供を応援するような育児をしていなかった。社会経済的地位が高いと、逆の関係があった。一般に期待されるほど、育児の影響力は大きくない。むしろ、育児態度の影響はかなり限定的である。育児態度が非常に否定的で、虐待的であれば、子供の自尊心や社会性にはある程度、影響は与える。しかし、気質や性格に永続的な影響を与えることはない。・・・ハリスの『子育ての大誤解』は主張はやや極端にしても基本的には肯定せざるを得ない。殆どの研究は、子育てが非常に小さな影響しかないことを示している。心理学者の大部分は「子育て神話」を信じていない。
P83:「愛猫ジニー=シャム+和猫」は家人を真似て、「頼まれれば就眠中の人を起こす」「電話の受話器を取る」「食事終了の合図として爪楊枝を折る」
P87:(表3.1)動物種の脳重量、分化指数、皮質性ニューロン
種・脳重量(g)・脳の分化指数・皮質性ニューロン数:
鯨・2600-9000・1.8・(不明)
シャチ・3650・(不明)・10500
アフリカ象・4200・1.3・11000
人・1250-1450・7.4-7.8・11500
イルカ・1350・5.3・5800
馬・510・0.9・1200
チンパンジー・330-430・2.2-2.5・6200
犬・64・1.2・160
狐・53・1.6・(不明)
猫・25・1.0・300
リス猿・23・2.3・480
キタオポッサム・7.6・0.2・27
ネズミ・2・0.4・15
ハツカネズミ・0.3・0.5・4
・・・人間の脳は最大ではなく、体重比でも最大ではない。ただ、象や鯨には劣るものの、皮質性ニューロンの数は非常に多く、ミエリン繊維が太く、その割りには脳はコンパクトなので、情報処理能力が高いのかも?
P90:フォン・オステンの「クレバー・ハンス」・・・プフングスらの1904年「12月鑑定書」で「質問者の頭の微細な動きが有効な合図」となることが解る。・・・質問者と見学者全員が答えを知らない問題の正答率は「8%」で、全員が答え知っている問題の正答率は「98%」であった。目隠しでハンスが質問者を見なかった場合は6%、見た場合は89%。・・・ハンスの能力は見せかけに過ぎなかったが、人間の意図や願望を読み取っていたことは確かであり、その意味では賢い馬であった。
P92:ソーンダイク「効果の法則」、「結合説」
P102:京都大学霊長類研究所「アイ・プロジェクト」:「人の顔の識別は苦手」:顔の逆さ写真だと人の顔認識は低下するが、チンパンジーの場合は素早く認識できる。「言語の構造」:数、物、色の記述に一定の順序があった。「5本の赤い歯ブラシ」を[赤]・[歯ブラシ]・[5]または[歯ブラシ]・[赤]・[5]と必ず数を最後にした。「記号操作」:語を重ねて句や文を作ったり、語そのものをを記号素から作り出すことに成功した。
「心の理論」
P104:1978年、プリマック&ウッドラフ「心の理論」
コール&トマセロー:・・・プリマックらの「心の理論」実験は、おそらく実験的、人為的な産物である。しかし、チンパンジーが心の理論を持つか否かに対しては、大部分は持つと結論してもよい。多くの研究から、チンパンジーは、他者の意図や目標を理解しているし、他者についての知識もある。
P108:ヴィマとパーマーの「誤信念課題」はヒトの場合3歳〜4歳児は正答できないが、チンパンジーにも、この種の誤信念課題が解けるという実験的証拠の報告はない。・・・長い間誤信念課題は幼児でも5歳以上でないと解決できないと、信じられてきた。・・・2005年のオーニン&バヤールジョンの論文:注視時間を指標に使うと・・・誤信念課題は、ヒトなら15ヶ月の幼児でも正しく理解しているが、チンパンジーでは困難なようである。
リベット『マインド・タイム』、コッホ『意識の探求−神経科学からのアプローチ』
P122:1964年と1973年にリベットらは・・・患者の意識的経験を引き起こすには、電気刺激の持続時間が500ミリ秒以上必要であった。パルスの強度や周波数は無関係であった。つまり、意識が生じるには、500ミリ秒間の脳の活性化が必要である。すなわち、我々の意識は外界の客観的出来事から最小で500ミリ秒遅れている。
P123:意識の遅延を支持する三つの証拠:2)後から提示された2番目の刺激が最初の意識化を妨げる。最大で100ミリ秒の遅れがあっても意識化を妨げることができるが、最初の刺激から500ミリ秒後では効果が無い。3)決まられた信号が現れると即座にボタンを押すという課題の反応時間は、通常「200〜300ミリ秒」である。被験者に反応時間を「100ミリ秒」引き伸ばすよう指示しても、誰も指示通りにはできない。反応時間は「600〜800ミリ秒」で、意識化に必要な約500ミリ秒の遅れが含まれてしまった。
P124:リベットの仮説に対して、パキットは意識の遅延を80ミリ秒と主張したが、パキットに対して、北澤は刺激後80ミリ秒から500ミリ秒の間に意識化の過程が進行し、位置が空間上に定位されると解釈すべきだと、コメントした。
P125:・・・意識化はブレーキを踏んだ後に進行する。つまり、車が急制動を受けつつある時に、避けようとしたのは子供であると初めて気づき、また、自分が非常にタイミング良く、無意識の内に急ブレーキを踏んだことに改めて気づく。
「ゾンビ・システム」
運動皮質の活性化と筋肉の収縮に200〜300ミリかかる。
P126:ゾンビ・システムはリアルタイムのシステムで、即座に複雑な行動を実行するが、時間において複雑な行動を起こすことはない。つまり、リアル・タイムでない複雑な行動が生じたら、意識があると考えてもよい。
P127:条件刺激の400ミリ秒後に無条件刺激を与えると、条件付けの成立が速い。→「痕跡条件付け」:殆どの哺乳動物は、痕跡条件付けが可能なので、意識はあると考えた方が自然である。
P129:左右の側頭葉中部[MT]を損傷したL.M.・・・下側頭皮質[IT]=「おばあさん」細胞が発見された場所。
P130:「ネッカーキューブ」で手前と奥とが一定の時間で交互に入れ替わるのは、意識は一度に一つの解釈しかできないという証拠である。
P131:(図4.4)精神事象のタイミングを計る時計:
・・・動かそうとする意志より300〜350ミリ秒前に、脳電位が観察された。結局、動かそうとする意志は行為を引き起こしていない。無意識的にゾンビ・システムが行為を引き起こしていた。
P133:コッホ「政策決定者要約仮説」:・・・判断に必要な時間だけ情報の要約が維持される。知覚処理と行動計画の間に意識が生じる。意識は単なる随伴システムではない。
P134:ウェグナー『自由意志の幻想』:意識を伴った意志が障害を受ける。・・・意識を伴った意志というのは幻想である。
P137:「クレバー・ハンズ=ファシリティテッド・コミュニケーションズ」:偽科学の一種で、障害者の知的行動はファシリテーターが行ったもの。→2002年4月28日、NHK「奇跡の詩人」
・・・ファシリテーターは、自分で指を動かしているのに、それをコミュニケーターが動かしていると感じてしまった。
P140:・・・主体感は事後的な推論の結果である。→「順モデル」=主体感は、行為の予想と実際の結果の一致性に影響される。
P142:「ゴム手の錯覚=ラバー・ハンド」
P144:「自己幻視、分身幻視、体外離脱」:体の所有感が損なわれる分身幻視と体外離脱の患者は側頭頭頂部に損傷が確認されている。
P146:・・・主体感や所有感を損なうトリックは意外に簡単で、我々は自らの主体感を簡単に放棄し、超自然的原因を求めてしまう。
P151:1979年、シャインゴールドとテニー「妹や弟の誕生の記憶」:3歳未満の出来事は記憶されない。
「視覚的再認方」
P161:トラウマが抑圧されるという証拠は無く、回復された記憶が真実であるという証拠も無い。・・・トラウマは良く記憶されている証拠の方が多い。
P162:1890年、ウィリアム・ジェームズ:記憶の練習は、何ら記憶力の向上をもたらさない。
P163:ヘルマン・エビングハウス:合計時間仮説=記憶量は学習回数に比例する。
P173:『プランと行動の構造』
P181:単純に記憶の練習をすると、干渉効果が大きくなり、ますます忘れやすくなる。・・・学習材料をよく理解し、精微化すれば、長期記憶に留め易い。
P190:他者を正確に判断できる人は、協調的で権威主義的でない人。ただ、認知は一般的に肯定的な方向に歪む。→「ポリアンナ・バイアス」・・・個人は圧倒的に好意的に評価される傾向がある。→シアズ「パーソン・ポジティビィティ・バイアス」
P192:・・・対人魅力に影響する要因は正直さで、続いて知性と独立性がある。知性が高い場合は、独立心も高くないと魅力的ではなく、知性が低い場合は、従属的な方が魅力的と判断される。
P194:返報性は人種すなわち文化が違うと、全く当てはまらない場合もある。
P196:WHRには予測力がなく、影響は1〜9%の間、BMIには予測力があり、影響力は80%前後もあった。BMIで21程度が魅力的と看做される。
P199:男にとっての理想のパートナーは、愛情があり、健康的で、家庭や子供を大事にする、自分に忠実な美人。女性にとっては金持ちで、頼りになる、頭の良い人、外見よりは、実質重視。
P202:ゲームが一度限りなら裏切る筈が、実際には4割から6割の人が強調する。
P209:バンデューラの実験は「実験者効果」の可能性が排除できない。・・・カムストックとシュトラースバーガによる1990年に、テレビや映画の暴力映像は、特に男性の攻撃性に影響があったと報告したが、・・・2009年ファーガソンとキルバンの報告では暴力的映像は暴力行為を助長しない。・・・暴力行為と直接的に関係する指標を使った研究では、効果量が殆どゼロであり、妥当性の低い研究でのみ効果量が大きい。・・・エビデンスの高い研究以外は無価値である。
P213:アッシュの「集団圧力」は3名で最大値に達する。
P218:ミルグラムの「アイヒマン実験」は心理学の教科書ではしばしば無視される。既存の学説との整合性がとり難いからである。・・・2006年にバーガが「第五実験」の追試を行い、被験者40人中28名が電気ショックを与えた。45年前のミルグラムの第五実験では40人中33名。
P222:「ミネソタ多面人格目録MMPI−1」を利用して開発された敵意の過統制尺度、・・・「抑制欠如型」は敵意を抑制しないが、「抑制過剰型」には殺人などの凶悪犯が多い。
P234:日本の臨床心理学のエビデンス性はレベル4未満であり、サイエンスとしての資格は無いと思われる。
P243:うつ病になると、ニューロンの数が減少する。大うつ病では海馬領域の容積が減少し、大うつ病のエピソードが終了しても、容積は回復しない。脳血流異常や糖代謝にも異常を来す。・・・うつ病が長期間続くと回復が難しくなるのは、多くのニューロンが死滅してしまうためだと思われる。
P247:(図7.1)SSRIの一人当たりの服用量:SSRIの処方量が増えると自殺は減少する。
P251:薬物療法の効果は限定的である。一方、心理療法の治療成績は薬物療法と変わらないし、再発も少ない。
P254:運動療法は、うつ病の治療に効果的である。洞察力を必要としないので、殆どの患者に適用可能である。副作用も殆ど無い。薬物療法よりは確実に優れている。・・・抗うつ薬は、一時的に気分を回復するが、うつ病の再発を防ぐ力は無い。
「科学の知」「臨床の知」
P259:瀉血が廃れた主要な要因にピエール・ルイの始めた医学統計学がある。・・・ルイの始めた医学統計学はフランスの科学アカデミーによって、生身の患者を診ないと批判され、100年間抑圧されて衰退した。しかし、イギリスで進歩し、100年後に輸入された。・・・日本の精神医学や臨床心理学の専門家は、思想的には19世紀のフランス科学アカデミーの立場に近い。