脳はあり合わせの材料から生まれた―それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ

脳はあり合わせの材料から生まれた―それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ

脳はあり合わせの材料から生まれた ゲアリー・マーカス
第一章 歴史の遺物
P12:「クルージのデザイン法」
P14:ヒトの輸精管は必要以上に長い。−DNA複製の過程で、DNAポリメラーゼの一方の分子は実に無駄なくその仕事を成し遂げるが、他方は・・・、行ったり来たりを繰り返すギクシャクとした仕事ぶりを見せる。
P18:男性は異性のそぶりから、セックスにかかわる自分に都合のよい意図を読み取る傾向にある。→淘汰された認知エラー(他人の意図を一貫して見誤る欠陥)
P21:進化は小刻み(マイナーチェンジ)にすすみがちである。
P22:ハーバート・サイモン「満足化」−エレガンスとクリージが隣り合わせる−極めて効率の良いニューロンは、不可解なほど非効率的なシナプス間隙によって結合されている。シナプス間隙は高効率の電気活動を低効率の化学物質へ変換するが、これらの物質が熱を無駄遣いするため、情報が失われる。
P23:「進化の慣性」
P26:ジョン・オールマン「技術の漸進的な重複」
ジェローム・グループマン『医師の思考法』
バーバラ・タックマン『愚行の世界史』
第2章 記憶
P32:私たちは「自分が所有しているものを探すのに」一日当り55分を費やす。
事故死したスカイダイバーの6%はパラシュートの紐を引くのを忘れている。
P34:デレン・ブラウン "Parson awap"
P35:「文脈依存記憶」
P40:水中で覚えた単語については(陸上に比べて)水中で実験に臨んだ方が高い率で思い出した。・・・情報を記憶したときの状況と、後でその情報が必要になったときの状況が同じである限り、文脈に頼ってもなんら問題は無い。ところが、何かを学んだ状況と、後日それを思い出す状況が一致しない場合が困るのだ。
「不随意的記憶」という造語のきっかけはマルセル・プルースト
P42:記憶の干渉→記憶違い
P44:「フラッシュバルブ記憶」
P45:私たちは文脈依存記憶という枷を嵌められている。(エリザベス・ロスタス)
P46:ロスタスの実験−「ぶつかる→時速54.7km」「激突する→65.7km」「接触する→51.2km」実験結果は弁護士が昔から知っていた事実を追認するもので、質問によって「証人は誘導」できる。・・・証人による証言が信用するに足らないのは、私たちが情報をバラバラに記憶するからである。・・・私たちが記憶をどれほど効果的に呼び起こせるかは文脈次第なのである。
P48:リンダ・レヴァイン:1992年ロス・ペロー大統領選候補の選挙支持者が持つ感情の記憶の変化を発見する。−私たちは皆、歴史については「修正主義者」
P50:頼まれた買い物を忘れる→いつもの行動(帰宅)が、より最近の目的(買い物)を打ち消す。
P55:マイケル・ケイン曰く「台詞のことは考えずにそこに立っていられるようでないといけない。台詞は相手の俳優の顔から読み取るものだ」
(著者は)一度目にしたものを詳細に至まで覚えられる、いわゆる「映像記憶」の実例を報告するまともな文献報告には未だ目にしたことは無い。
P58:・・・私たちが覚えられないことは、私たちが忘れたいことではない・・・私たちが覚えていることは”覚えていたい”ことではなく、忘れることは”忘れたい”ことではない。・・・また、推論能力と記憶違いの間に論理的な関係はいささかも無い。
P60:・・・脳の中にある推論のための回路が、歪曲された記憶で我慢せざるを得ないのは、進化がそれしか与えてくれなかったからだ。・・・
第3章 信念
P62:バートラム・フォーラーが星占いを寄せ集めてでっち上げた一文:テレビ伝道者や深夜のインフォマーシャルは、大勢の聴衆ではなく、一人ひとりに語りかけていると相手に思わせるのである。
P64:「光背効果(ハロー効果)」、「三叉効果(ピッチフォーク効果)」−審美的要素が信念形成を撹乱することを示唆する。
P65:3歳から5歳児には人参や牛乳、リンゴジュースなどをマクドナルドの包装で与えた方が好む。
P66:「焦点を絞ることによる錯覚」
P69:この世で一番下らないにもかかわらず普遍的に見られる、人と人との軋轢は、「私たちの集めるサンプルはそれほど現実を反映してはいない」ということを私たち自身が理解していないために起きる。・・・あらゆる種類の共同プロジェクトにおいて、個々人が自分で感じる全体への寄与分を合計すると総計を超えるという。
P70:エイモス・トヴァスキー&ダニエル・カーネマン「アンカリング・アンド・アジャストメント(係留と調整)
」−この「係留と調整」の過程について知識があれば、金銭の絡む交渉では、一般に”言い値を先に提示する”方がそれに応じるより有利であるのは容易に察しがつく。・・・スーパーマーケットで「お一人様スープ4缶限り」の但し書きより、「お一人様12缶限り」の方が売上げが伸びる。
P73:「単純接触効果」
P75:危機的な状況下では、人はマイノリティー集団に対してより否定的になる。不思議なことに、このことはマジョリティーだけでなく、マイノリティー自身についても当てはまる。
P76:ジョン・ジョイスト「封建主義、十字軍、奴隷制共産主義アパルトヘイトタリバンのもとで生きた人々の多くは、自国の体制は不完全だが、道徳的には認められるものであり、時には他の選択肢よりも良いとすら信じていた」
P80:確証バイアスが生じるのは、文脈的依存記憶を採用したことの必然的な帰結なのかもしれない。私たちは記憶を呼び起こすとき、とりあえず条件に合いそうなものを探してしまう。このため、どうしても自分の考えを肯定する情報に注意が向けられる。
P83:「動機づけられた推論」
P86:私たちが「信じたいと思うものを信じるように自分を騙す能力」を持つことを、進化が許した
P93:私たちは三段論法を二つの別個の神経回路を使って評価するという。一方は論理的、空間的推論(両側頭頂葉)に、他方は先入観(前頭葉・側頭葉)に密接に関わっている。前者を働かせるには意識的な努力を要するが、後者は自動的な過程である。こうして、正しい論理を得るのが難しくなる。・・・形式論理を使って信念を形成し、あるいは信念を検討する能力は、進化というより文化の所産であるように思われる。
P94:アレクサンデル・ルリア−無文字社会の人々は概ね、三段論法に関する質問に対して自分が既に知っていることに基づいて答え、実験者が問おうとしている抽象的な論理については理解できない様子だった。・・・生得の能力ではないのである。
P97:ダニエル・ギルバ−ト:
P98:司法の世界には「疑わしきは罰せず」の原理が厳然として存在するが、私たちの心はそのようにはできていない。・・・ある可能性について尋ねるだけで人がそれを信じる率は高まる。・・・陳述形式ではなく質問形式で何かを聞いただけで、たいていの場合、人に信念を植え付けることができるという。
第4章 選択
P103:90日刑期のロードアイランド州の受刑者が服役89日目に脱走を企て逸話。
P107:「期待効用」
P109:一般人は金銭について不合理なものの味方をしがちである。絶対的価値ではなく、相対的価値ものを見てしまう。
P110:1と2の違いは、101と102の違いより大きく思える。・・・150ワットの電球は100ワットのそれと比べてそれほど明るいようには思えないが、100ワットの電球は50ワットのそれに比べると余ほど明るく感じる。
P114:人間が物の価値を見定める際の第一原理が「ヒトは物の値踏みをするとき相対的価値を用いる」であったとすれば第二原理は、「人間はしばしば物の価値をまるで理解していない」ということだろう。
P117:自動車事故死を減らすコストに幾ら出すか?の問いには、実験者が年間25ポンドから始めると被験者は平均して149ポンドまでついてきた。ところが、75ポンドから始めると、被験者は最大で40%増の232ポンドまで金額を上げることを承知した。・・・私たちがするほぼ全ての選択は、何らかの意味で問題の提示の仕方次第で変わる。
P118:フレーミング
「移民のうち犯罪歴のある者3.7%」と形容された地域の方が、「犯罪歴の無い者96.3%」の地域より移民犯罪対策の予算を得やすいだろう。
P122:文脈の主張と理性の主張が食い違うとき、往々にして引き下がるのは理性の方。
P122:これまで研究対象となった動物は例外なく、「双曲割引曲線」に従っている。「双曲割引」というのは、生き物が遠い未来よりも現在を重要視するという事実に、この言い回しを当てた。
P123:誘惑をかわす能力は年齢を重ねて残りの人生が短くなるに連れて改善する。ところが、将来生きている可能性の一番高い子供たちが、それまで待つ忍耐に一番欠けている。
P127:「イルカ」の救済と皮膚がん撲滅を目指す「農夫」に無償の健康診断を提供する2つのプログラムがあるとすると、大半の人は「農夫」のプログラムを選ぶが、いくらの現金を寄付するか尋ねられると、人々は「イルカ」に多くの寄付をすると答える。
P129:・・・何らかの情動が記憶をプライミングし、その記憶が選択に影響を及ぼす。ジョージ・レーヴェンシュタインの「本能の引力」・・・私たちの大半は、食欲、性欲、幸福、悲哀のいずれの要素も合理的思考に関与させてはならないと考える。ところが、進化の「技術の漸進的な重複」によって、私たちがいかに否定しようとも、これらの要素はどれも、思考への影響力を持つ。
P133:ジョナサン・ハイトの「言葉を失った道徳」−この現象が起きるのは、祖先型システムと、分析型システムが分離しているからである。二つのシステムが競合すると、祖先型システムが勝利を収める。そして理由は判らないのに、不安感がいつまでも消えないのである。
・・・(脳画像診断で眺めると)トロッコの実験で、一人を犠牲にしても五人の命を救うことを選ぶ人は、「前頭前野背外側部」を、そして熟考推論に重要な役割を果たす「後部頭頂皮質」を使うことが多かった。一方、五人を犠牲にしても一人の命を守ることを選んだ人は、より情動に結びついた「辺縁皮質」の部位を使いがちだった。
P136:(直感研究のアブ・ダイクステルハイスによれば)私たちの最良の直感は、長年の経験に支えられた、意識を経由しない思考の末に得られたものであると言う。・・・これまで経験したことのあるものとはかなり異なった問題に直面したときには特に、最も頼りになるのは「熟考推論」である。
第5章 言語
P151:ジェイムズ・クック・ブラウンの「ログラン」−論理や構造を扱う112の「小語」を使う。
P165:サラ=ジェーン・レスリー:総称表現と数量詞の併用は、我々の推論能力の乖離を反映している。形式的な数量詞は熟慮型システムに、総称表現は祖先型・反射型システムに依存する。総称表現の方が基本的に古い。
P167:ノーム・チョムスキーらは、・・・言語は唯一つの進化上の進歩を加えるだけで得られたものであり、その進歩とは「再帰」の導入だったというのである。
第6章 快楽
P181:「ポジティブ・プライミング効果」
P184:テレビをたくさん見る人は、平均すると殆ど見ない人に比べて幸せと感じていない。
P189:性にかかわる道徳は「合意」に基づくべきであって、進化の起源に基づく訳ではない。・・・小児愛が不道徳なのは、それが生殖を可能にしないからではなく、当事者の一方が合意を与えられるほどに成長していないからである。むろん、獣姦についても同様だ。
P190:シャーロック・ホームズは天動説を知らない設定。
P192:「ハイパーノーマル」
P197:子を持つ人は子の無い人より幸せだとは感じていない。
P198:「順応」−当初の幸福感は長続きしない。脳がそれを許さないからである。
P200:私たちにとって大事なのは絶対的な富ではなく、相対的な収入なのだ。・・・隣人より金持ちになりたいのである。
P202:進化は”幸せである”ように私たちを造ったのではなく、それを”追い求める”ように造った。
P205:レオン・フェスティンガーの実験−「認知的不協和」−二つ以上の信念が矛盾を来していると知ったときに経験する緊張感。
メルヴィン・ラーナー「公正な世界という信念」−不条理な世の中より公正な世の中の方が心安らかでいられる。これが極端に走ると、この信念は罪無き被害者を非難するなど嘆かわしい行為に人を走らせかねない。例えば強姦の被害者が「自業自得だ」と謗られる。
P207:報酬を評価する「側座核」が、長期的な計画や熟考推論を担う眼窩前頭野より早期に成長するので、10代の若者は長期的リスクを予想する能力が子供並み。
第七章 すべてが壊れていく
P210:「脳の放屁」
P217:「既知の故障モード」
P218:同性愛は1973年にDSM−?から外れる。
P221:鎌状赤血球貧血症に匹敵する精神疾患が、マラリアに匹敵する精神疾患から人を守ってくれる話は耳にしたことが無い。・・・精神疾患の利点を説く文献の大半は想像の域を出ていない。
第8章 真の叡智
『心を生みだす遺伝子』