世界を動かす石油戦略 (ちくま新書)

世界を動かす石油戦略 (ちくま新書)

世界を動かす石油戦略 石井彰/藤和彦
P22:筆者は「地政学」的動きは単なる幻影ではなく実際に復活しつつあると考える。
P23:筆者が学んだ国際政治学や国際関係論の標準的な教科書には通常「地政学」は出てこない。はっきり言えば、現在の社会科学分野では、地政学というのは「似非科学」であって、まともな学者は口にすべきではない。
P26:「リアリズム」、「リベラリズム
P27:国際テロ組織アルカイダもまた国家を超えた、いわばNGOであって・・・
P28:原敬は、中国人記者に「領土拡大などは時代遅れで意味が無い。むしろ通商の拡大によって国力を増大させるべきであって軍事力は削減すべきである」と語ったその日の夕刻に暗殺された。
P29:古典的領土拡張主義がいかに妄想であったかは、敗戦して領土、軍備を喪失した日本やドイツのその後の経済大躍進を見れば明らかだろう。経済合理性や経済実態の認識が、現実の政治の中では必ずしも浸透せずに、各国の軍部や右翼の「妄想」がとてつもない「現実」を形作ってしまった。
P33:WW2後のソ連では、ボルガ=ウラル地域や西シベリアで次々と大油田が発見されたため、ソ連政府はこれらの開発を優先し、カスピ海地域の新たな石油探査や開発は、カスピ海沿岸諸国をロシアに経済的につなぎとめるために意図的に放棄されてきた。のである。従来より、カスピ海の湖底は地質的に非常に有望であると考えられてきたが、ソ連時代には大水深の湖底下の油田を開発できる技術もなかった。
P36:米国への中東地域から輸入原油の大半は、サウジアラビアが米国石油市場におけるプレゼンスを示すために、政治的意図から値引き販売を行なった結果であり、無理矢理に米国市場に押し込んだものである。
P41:「上流産業」、「下流産業」
P42:「賭博者破産の法則」
P43:北米地域を除くと、通常は巨大な石油会社しか事業ができない。石油価格が低下して、国際石油会社や産油国の国営石油会社の懐具合が悪化すると、上流投資が進まなくなり、数年遅れで生産能力が落ちて需給がタイト化して再び価格が上昇する。
特に中東以外の地域においては、自転車操業の度合いが高いため、石油価格の低下によって、上流投資を減少させると、産油国の生産能力は一年から数年遅れで伸びが止まるか落ち始める。
国際石油市場というのは、時間軸で見ると数ヶ月から10年にも及ぶ上流投資と生産量・需要量・価格のこのようなダイナミクスの上に成り立っており、生産された石油の単に瞬間風速的な取引状況だけを見ていても理解したことにはならない。
P44:石油は常温常圧下で比重が水に近いので輸送コストが非常に安い、排水量三十万トン以上のタンカーで輸送する場合、地球半周して現在の原油価格の5%以下(1バレル1ドル)にしかならない。
P45:輸入国を選別的に禁輸対象にすることは困難である。
P46:1980年の中頃までは、OPECの価格カルテル原油価格を仕切っていた。それ以前の70年代初めまでは国際石油会社7社が非公然の国際カルテルを形成して、事実上石油市場を半世紀近く支配していた。しかし、80年代半ば以降は、価格を自らコントロールできる国際カルテルは存在していない。
P49:日本だけは、長期販売契約依存度が全輸入量の9割を占める。・・・非常に硬直的で柔軟性のない取引条件を過大に課せられている。
P54:リアルタイムで利用可能な、在庫・消費・生産等いわゆる実需給に関する情報が殆ど手に入らない。・・・国際石油市場には、致命的な「情報の不完全性」が生じている。だからこそ投機を呼びやすく、群集心理も発生しやすいのである。
P59:米国においては、原油価格、ガソリン価格の安定というのは、他の先進国以上に国民の大きな関心事項であり、「票」を気にする政府関係者や政治家にとっても同様であるで、石油関連の対外的な政治的、場合によっては軍事的コミットメントが国内政治の要請から不可避となるのである。
P62:大統領選挙では、民主党候補の選挙資金の5割以上、共和党候補のそれの2割がユダヤ系米国人の寄付に支えられているとも言われており、いかなる大統領候補もユダヤ系市民の意向を無視して対外政策は決定できない。
P68:「イラク原油輸入禁止法」
P89:石油+地温と地圧→天然ガス+熱、圧力と鉱物と反応→二酸化炭素
P91:井戸一本掘って、石油発見の確率は30%前後、採算の取れる量の発見は更に一桁下がる。
P93:「水平坑井技術」で回収率が従来の30%から50%〜70%に上がった。
P97:旧ソ連では、ノルマ達成至上主義に陥り、「水攻法」の濫用で油層を傷めた。
P137:「大陸棚延長説」
P160:これから二〇年といったタイムスパンを考えると、地質的な限界による構造的な需給逼迫というのは殆ど考えられないが、投資不足や生産・操業障害による石油市場の混乱は、過去二〇年に比べると頻発する可能性が高い。
P166:日本では、第一次石油危機の間の73年10月から74年2月までの毎月の石油輸入量が、前年同期よりも増加している。・・・「危機」の期間中、石油輸入量が前年同期を常に上回っていた。
P169:日本の石油会社やその意を受けた日本の商社が、石油禁輸を行なわなかったイラン産などのスポット物に群がって、自らとんでもない高価格をオファーした。これを見たアラブ産油国、OPECが非常に強気になり、長期契約物の石油価格も一方的に引き上げて、世界の石油価格全体が急騰、暴騰してしまった。調達手段の多様性の無さが、自分の首を絞める原因となった。79年も全く同様である。先進諸国の石油会社、特に日本の会社がパニックに陥って市場から先を争って「買い漁った」結果であり、かき集められた原油は、消費者の手元に届くことなく、石油会社のタンクに積み上げられた。
 日本人はあまり自覚が無いようだが、欧米の石油関係者の間では過去の石油危機における日本の石油業界/商社元凶説は半ば常識化しており、危機時の日本の石油に関する行動に対する懸念、視線には今でも非常に厳しいものがある。
 日本の石油業界の脆弱性、言い換えれば調達ソース、調達手段の多様性の欠如は現在も改善されていない。
P171:飢饉と言うのは、食料を生産している農村で発生している。
P173:ある地域の不作が一定確率で発生しても、広域的には他の地域は軽微な影響しか受けない場合や、むしろ豊作になるケースが殆どである。飢饉は、不作地域に、不足分を再配分する機能が働かないことによって生ずる。
 再配分機能が働かない原因は、農村間の広域流通機能の不備であり、また所得配分の不公正にある。
P180:「西気東輸」プロジェクト
P182:重量当たりの熱量と環境負荷について、天然ガスは究極の化石燃料ということになる。
P198:港までのLNG輸入価格は欧州等のそれと変わらない。ところが、港で気化されて天然ガスが配給パイプラインを通って最終需要家まで配給されると価格が輸入価格の10倍にもなる場合がある。
P199:世界の天然ガス輸送の96%はパイプライン、LNGの形は4%である。この4%の大半は日本への輸入。
P219:70年代西ドイツは旧ソ連との間に緊張緩和をもたらすために、敢えて西シベリアのガス田から大口径の4000mに及ぶ長距離パイプラインによって大量の天然ガスを輸入することを決定した。これにより数年後から西欧主要国が旧ソ連から大量の天然ガスを輸入し始め、最終的には冷戦締結の大きな一助にもなったと見られている。
P221:「石炭・鉄鋼共同体」−独仏は、石炭と鉄鋼資源が豊かな両国の国境地帯アルザス・ロレーヌの領有権を巡ってせめぎ合った挙句、古典的な地政学的発想からついにWW2を引き起こし、甚大な被害を周辺にもたらした。両国は深刻に反省して、両地域の石炭と鉄鉱石資源の共同利用図ることによって、これを逆手に利用して共存関係を構築し、現在のEUまで発展させることに成功した。ゼロサムゲームの古典的地政学ゲームを止め、プラスサムの戦略を希求したことが大きな歴史的成果につながった。